ここ数十年の間に、分散粒子の表面官能基や安定性を分析する手法として重要になってきたのが、ゼータ電位測定です。ゼータ電位分析の主目的は、物質の表面電荷に関する情報を得ることです。物質は、コロイド状のナノ粒子から、膜やシリコンウェハーなどのマクロサイズの固体表面まで多岐にわたります。この記事では、ゼータ電位の背景にある理論を解説し、ゼータ電位が溶媒のpH値とイオン強度に依存する理由を説明し、ゼータ電位分析に使用される手法を紹介します。
ゼータ電位
ゼータ電位とは
ゼータ電位 (界面動電位ともいう) は、物質が溶媒と接触したときに、物質表面近傍で発生するものです。それはつまり、界面特性です。通常はミリボルト単位で表されます。
物質が液体と接触すると、その表面官能基が周囲の溶媒と反応します。この過程において表面電荷が発生し、この表面電荷が反対符号に帯電している対イオンの蓄積を誘引します。これらの対イオンは、いわゆる 電気二重層 として自発的に整列します。ゼータ電位は、初期の表面電荷と蓄積された電気二重層の総和として定義されます。
ゼータ電位について話すときは、次のことを念頭に置いておく必要があります。
- ゼータ電位は、物質が液体と接触している場合にのみ存在します。ゼータ電位は、この状態での正味の実効電荷を表します。
- ゼータ電位は、マクロサイズの表面 (例: 膜, 毛髪, ポリマー) や、液体中の分散粒子 (例: コロイド, ナノ粒子, リポソーム) のいずれにおいても測定できます。これらはどちらも "物質"とみなされます。しかし、適切なゼータ電位測定手法を選ぶ際には、その区別が重要になります。
- ゼータ電位の形成には、溶媒の特性が重要な役割を果たしており、これはpH値や緩衝剤の濃度に大きく依存します。
- 表面電荷は、液滴 (液体-液体界面) だけでなく、固体 (固体-液体界面)でも観測できます。
ゼータ電位が重要な理由
ゼータ電位を測定することで、表面官能基や分散粒子の安定性に加えて、溶存化合物と固体表面との相互作用に関する情報も得られます。
したがって、マクロサイズの表面のゼータ電位は、水処理用のメンブレンフィルター、血液と接触する生体材料、半導体ウェハーの湿式処理など、水処理系が関わる多くの技術工程における固体物質の挙動を理解する上で重要です。物質のゼータ電位に関する知見は、使用時に最高の性能を発揮できるように、特定の表面改質工程を最適化するのに役立ちます。
粒子のゼータ電位は、粒子が互いに静電反発する能力を表しているため、ナノ粒子やリポソームのようなコロイド分散液の安定性を示す重要な指標となります。経験的に、ゼータ電位の絶対値が ±30 mV 以上であれば、安定した分散液であると考えられています。サンプルの安定性を示すのはゼータ電位の絶対値で、ゼータ電位の符号は表面で支配的な電荷が正または負であるかを示しています。±30 mV 未満になると、凝集、沈降、軟凝集が起こりやすくなります。
電気二重層
表面電荷の形成
固体表面が水系溶媒と接触すると、電荷形成により表面電位 Ψ0 が発生します。電荷形成は以下のいずれかに起因して発生します。
- 官能基の反応
- 溶液中のイオンの吸着
官能基の反応による電荷形成は、表面にある酸性官能基と塩基性官能基に起因します。カルボキシ基やスルホ基などの酸性官能基は、水と接触するとプロトンが解離し、周囲の水に放出され、表面は負に帯電します。アミノ基などの塩基性官能基は、水と接触するとプロトンが付加し、表面は正に帯電します (図 1)。プロトンの付加・解離平衡は、溶媒のpH値に大きく依存するため、物質の表面電荷の形成、さらにはゼータ電位にも大きな影響を与えることになります。
ただし、官能基の存在は電荷形成の必須条件ではありません。不活性表面では、水からの水酸化物イオンが優先的に吸着することで、負の表面電荷が形成されます。したがって、不活性表面は、中性および塩基性のpHでは負に帯電します。不活性表面の表面電荷が正となるのは、ヒドロニウムイオンの濃度が支配的になる低pHの場合のみです。ここでも、吸着による電荷形成はpH値に大きく依存します (図 2)。
固定層・拡散層
上記で説明した表面電荷は、表面電位 Ψ0 をもたらし、水系溶媒のアニオンとカチオンの配列に影響を与えることになります。固液界面における帯電挙動とゼータ電位の定義は、固定層・拡散層から成る電気二重層 (EDL) のモデルで十分に説明可能です (図 3)。
- 固定層 は表面上に直接形成されます。この層のイオンは、表面との強い相互作用により固定されています。
- 外側の層は、イオンが表面に引き寄せられにくく、この層の中を移動できることから、拡散層 と呼ばれます。
固定層と拡散層の境界は、すべり面として特徴付けられ、電気二重層のどの部分が物質の全体的な正味電荷に寄与するかを規定します。そのため、すべり面上の電位がゼータ電位として定義されます。
ゼータ電位の測定
流動電位法
マクロサイズの表面では、流動電位の測定を行います。その場合、サンプルをホルダーに固定し、毛細管流路を形成します (図 4)。固体サンプルに対して液体が相対的に移動すると、せん断応力により電気二重層のイオンが平衡位置から固体表面に沿って移動します。結果として生じる電荷分離により動電学的効果が顕著になり、その一つが流動電位と呼ばれるものです。流動電位、あるいは流動電流の値は、ゼータ電位の計算に使用されます。
Hermann von HelmholtzとMarjan von Smoluchowskiにより、流動電位や流動電流からゼータ電位を求める基本式が導出されました。
流動電流の値を用いてゼータ電位を求める式は、流路の長さと断面積、すなわち固体サンプルの大きさに関する正確な情報を必要とします。
式 1:
dl/dp: 流動電流係数 (流動電流 vs. 圧力差の傾き)
η: 電解液の粘度
ε: 電解液の比誘電率
ε0: 真空の誘電率
L: 流路の長さ
A: 流路の断面積
この式は、平面状の固体サンプルのゼータ電位測定には適していますが、不規則な形状の固体サンプルには適していません。
流路の形状が不明な固体サンプル (例: 大きさが不規則であったり凹凸の大きい平板、繊維、不織布、顆粒状のサンプル) には、Helmholtz-Smoluchowskiの式の派生式を適用できます。この式には、流動電位の値と電解液の電気伝導率を組み合わせて使用します。
式 2:
dU/dp: 流動電位係数 (流動電位 vs. 圧力差の傾き)
κB: 電解液の電気伝導率
電気泳動光散乱法 (ELS)
粒子のゼータ電位は、通常、電気泳動光散乱法 (ELS) で測定します。流動電位法とは対照的に、液体の移動は生じない代わりに、粒子の移動を誘発します。すなわち、電場を印加し、粒子の電気泳動移動度を利用してゼータ電位を算出します。電場により、粒子はさまざまな速度で移動します。強く帯電している粒子は帯電が弱い粒子よりも速く移動します。
電気泳動移動度 (単位電場あたりの粒子速度)は、位相解析光散乱法 (PALS法) により測定されます。印加した電場中における粒子の動きは、入射レーザー光の周波数変化 (Dopplerシフトとして知られる) をもたらします。計測した周波数変化は、粒子の速度に比例しており、電気泳動移動度とゼータ電位の計算に使用できます。
しかし、ELSで観測できる実際の周波数変化は、直接計測するには小さすぎます。また、ゼータ電位の絶対値に関する情報しか得られず、符号 (値が正か負か) に関する情報が得られません。こうした制約は、参照光を使用し、散乱光の検出器で再び測定信号と干渉させることで解決できます (図 5)。参照光の周波数が光変調器により変化し、測定結果の計算にはこの周波数変化が必要となります。通常は変調した参照光の波形は理論的に計算されますが、アントンパール社特許取得済みの cmPALS法 (continuously monitored Phase Analysis Light Scattering) では、変調した参照光の周波数変化をリアルタイム計測する検出器 (図 5 の参照光検出器) を追加で設置しています。これにより、迅速な測定、低電場における再現性の向上、測定感度の向上を同時に実現しています。
ELS測定は、粒子分析に使用されています。この手法は、Brown運動による粒子の動きに基づいて粒子径を決定する、動的光散乱法 と併せて使用されることが多いです。
ゼータ電位とその依存性
ゼータ電位は、サンプルの表面だけでなく、溶媒の性質にも依存します。ゼータ電位のpH依存性は、ゼータ電位の依存性の中でも最も広く研究されているものの一つです (上記参照)。異なるpH値で測定することにより、サンプル表面の組成、すなわち酸性または塩基性官能基の存在に関して、有益な情報が得られます。pH滴定測定を自動化すると、長時間かけてpH値を手動で繰り返し調整する必要がなくなります。ゼータ電位が 0 mV になるpH値は等電点と呼ばれ、表面の化学的性質の指標として用いられます。これは、タンパク質やペプチドの特性評価や、新規の医薬製剤の開発にも利用されています。
pH値の他に、溶液中のイオン濃度 (例: 異なる緩衝液の濃度) もゼータ電位に影響を与えます。より多くのイオンが存在する場合、初期の表面電荷はより短距離で補償され、結果としてゼータ電位が小さくなります。つまり、緩衝液の濃度を上げると、ゼータ電位は低下します。この効果は、例えば、緩衝液の代わりに純水で希釈することで観察できます。
吸着調査におけるゼータ電位
ゼータ電位は、物質の最外層の表面に対する感度が高いです。そのため、溶液中の溶存物質が物質表面に吸着する際における、表面電荷の変化を計測するのに優れた方法です。流動電位、流動電流、ゼータ電位のいずれかのデータの変化を計測することにより、吸着過程の時間依存性と濃度依存性の両方の情報を直接得ることができます。
表面電荷と、液体-固体の表面吸着による表面電荷の変化についての知見は、物質特性の調整や工程の最適化において重要となります。改質、貯蔵、経年劣化、使用時の摩耗などによる表面特性の変化を調査することができます。
結論
ゼータ電位測定は、粒子系だけでなくマクロサイズの表面でも一般的に使用される特性評価方法です。いくつかある手法の中でも、流動電位法 (SurPASS 3) と電気泳動法 (Litesizer 500 のcmPALS法) が最も一般的です。
アントンパール社製 SurPASS 3
によるマクロサイズの固体表面におけるゼータ電位分析に関する詳細はこちら 完璧な粒子分析を実現するcmPALS法および Litesizer シリーズに関する詳細はこちら
アントンパール社製 表面電荷およびゼータ電位 測定システムに関する詳細はこちら
参考文献
Anton Paar. (n.d.) Faster, More Sensitive Zeta-Potential Measurements with cmPALS and the Litesizer™ 500. [January 24 2019].
Bellmann, C., Caspari, A., Moitzi, C., Fradler, C., Babick, F. (2018) DLS & ELS Guide.
Luxbacher, T. (2014) The Zeta Guide.